2015年(H27年)

YEC TOURING REPORT

目的地    : 山形県最上町赤倉温泉&米沢市小野川温泉

日程     : 平成27年8月14日~16日

参加者    : 齋藤、西村、春日、吉野、藤井

走行距離   : 996KM

8月14日(金) 小雨、曇りのち雨

朝から小雨が降ったり止んだりとはっきりしない天気の中でショップ前に出発時刻の7時10分前に到着すると今日は筆者が最後のようで今回は直前に膝のアクシデントによりドクターストップがかかってしまい残念ながら不参加になった杉本氏が差し入れを持って見送りに来ていたようだが、早めに引き揚げてしまったようで会うことはできなかった。ここからは筆者を含めて4名での出発となった。東北道へのアクセスは最近慣例となった鹿浜ランプから首都高を経由して早めに入ることにした。まずは東北道に入ってから蓮田SAで最初の朝食休憩をして、次に上河内SAまでは多少の渋滞もあったのでここでは朝から餃子家の餃子を食べながら暫し休憩した。その後は200KM圏内に入るということで給油をしなければならないため那須高原SAに立ち寄った。

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ここからは渋滞も天気も一段落して走り易くなったが、一瞬凍りつく出来事があった。それは一行の先頭で何気なく追い越し車線を走行中に突然現れた赤色灯を回転させた白黒パンダが筆者の真後ろに接近してくるのがバックミラーに映ったのである。最近はさほどスピードを出す傾向にはなくなったが、一瞬スピードメーターに目を落とすと110KM/Hは出ていたのでこれはいよいよ久々に取り締まられるのかと覚悟したが、左に寄れとも何も指示がない、すぐに左の走行車線に移り減速するとそのまま何事かマイクでしゃべった後に走り去って行ってしまった。どうも追跡車両を追うべく先を急いでいたようだ。何はともあれホットした。それにしても先ほどまで後ろにいたはずの仲間が人知れず皆パンダに気付いていち早く逃げていたとは知らなかった。筆者だけ気付かなかったのは不覚をとったが、結果オーライでポジティブに考えることにした。

因みにパトカーのカラーリンングがどうして白黒なのかをご存じであろうか?それは戦後に初めて米軍払い下げのアメ車のオープンカーが始まりで当時は車といえば白色がほとんどであり、緊急車両のパトカーを他と見分けられるように下半分を黒く塗装したことと、当時は道路事情も悪く、未舗装の悪路では下が黒の方が汚れは目立たないとの発想からであったそうだ

次の安達太良SAで休憩する頃には日差しも照り付けてきて夏らしい暑さになって来たので福島の夏の果物といえば桃、早速筆者はその桃ソフトクリームを食べてみたが、さっぱりした甘さで美味であった。その後は足早に福島県を抜けて宮城県に入ると雲行きが怪しくなり、やがて雨が降り始めてきたが、そのまま菅生PAまで進むことにした。

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数日前に仙台在住の西村氏と電話で打ち合わせをして待ち合わせは高速を降りる古川ICの手前にある三本木PAに13時と確認していたので筆者たちは予定通り菅生PAに到着し、昼食を取ることにした。時間的には丁度12時に到着で、ほぼ仙台まで5時間と過去の経験から良いペースで進んで来られた。ここでは雨による肌寒さから真夏というのに全員で熱い仙台味噌ラーメンを食べた。とても濃厚な仙台味噌が美味しかったが、余りのしょっぱさに血圧が上昇するのを実感し、筆者にはこれから数か月は口にできないものの一つとしてインプットした。食べ終わる頃に西村氏に現時点での所在を確認するため連絡すると三本木PAには飲食する施設がなく、その手前の鶴巣PAで食事中とのことだったので筆者たちも予定を変更して鶴巣PAで合流することにした。

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鶴巣PAにはGSもあり、好都合なので本日二回目の給油を済ませてから西村氏と合流した。簡単な打ち合わせをして間もなく13時過ぎに出発することにしたが、相変わらず小雨は降り続き、ある程度は防水加工されているウエアであるが限界はある。ほどなく東北道古川ICを降りて国道47号線を新庄方面に向かい、川渡温泉手前にある“あら伊達な道の駅“に立ち寄ることにした。ここはほとんどの旅人が立ち寄る人気の道の駅で、我々も毎回立ち寄っている。直前からは雨脚が酷くなったので、ここでいよいよ雨具を装着することにした。距離的にはあと僅かな距離なのだが、メッシュジャケットのままでずぶ濡れのままで宿に入るのも気が引けるので各自の判断であるが、筆者はここで観念することにした。

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国道47号線を鳴子温泉から江合川を渡り国道108号線へと右折すれば我がクラブではお馴染みの鬼首温泉郷に向かうが、この雨では今回は直進して一路宿に向かうしかない。名勝鳴子峡を見る余裕もなくやがてJR陸羽東線(別名:奥の細道湯けむりライン)堺田駅手前で分水嶺の表示を見かけた。近くには松尾芭蕉に因んだ名所も多いのだが、当時芭蕉一行が逗留して句を詠んだとされている“封人の家”もこの沿線には在り、天気が良ければ少しは観光できるスポットは幾つか調べていたのだが、降雨により断念することにした。 分水嶺を越えるとすなわち県境となり、山形県に入った。最上郡最上町となり、ここからは本日の宿がある赤倉温泉はすぐである。国道47号線を左折すると温泉街に入っていくが、鳴子温泉側から入っていくとひなびた温泉街で、数年前に尾花沢方面に抜ける山刀伐峠越えをするのに通りかかった際に見た立派な温泉ホテルはなく、記憶に残っていたイメージとは随分違っていた。そこから少し離れた所にある宿はなかなか見つけられず、ぐるぐる回ってしまったが、ようやく本日の宿である“わらべ唄の宿 湯の原”に到着した。到着するなり宿の主人の厚意で広い駐車場奥にある大きなガレージに格納していた送迎用のバスを外に出だしてくれたので全台バイクを雨に濡れずにその中に駐車することができた。

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本来であれば宿に到着する前に立ち寄ろうとしていたスポットを雨ですべてキャンセルしたので宿に15時頃には到着したため、宿でゆっくり過ごすことができた。早速露天風呂に浸かり、目の前を流れる小国川と雨に煙る山々を眺めながら長湯をして旅の疲れを癒すことができた。

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夕食は予め頼んでおいた山形牛のコースを中心に品数が多くてとても満足いくものであった。ご主人と奥さんが営む家族的な宿で料金面でもお盆の割には高くはなかったので満足いくものであった。この宿の周辺は温泉街という佇まいではなく、宿の前には室内練習場を完備した冬場や雨天でもリクリエーションやスポーツの合宿等が楽しめるグループ旅行向けの一軒宿といった感じである。 夕食の後は差し入れ頂いたお酒を飲んで楽しんでいたが、筆者は久々の長距離ツーリングと雨天走行で疲れが出たのか、早々と就寝してしまった。

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走行距離 458KM

8月15日(土)雨のち晴れ

二日目は前日からの雨が残って朝から雨具を装着することになった。誰か普段の行いの悪い者がいるせいなのか?(笑) 朝食を済ませてから会計後9時前には出発したが、やはり雨の日は気が重い。できれば前日パスしたスポットに天気が良ければ立ち寄ろうとしていたが、天気には勝てずにすべてキャンセルして一路新庄方面に向かった。早めに到着すれば雨天でも屋形船で濡れずに楽しめる何年振りかの最上川の舟下りに予定を切り替えた。

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国道47号線を新庄まで雨天でも交通量が少ないので快調に進んだが、バイパスにより市街地には入らなくて済む分スムーズではあるが、山形新幹線の始発駅でもある新庄がどのような街なのか知る余地もない(筆者は行ったことがない)のは少々残念である。

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ここからは最上川を見ながら進むことになるが、数年前に乗船したのはドライブインのような施設からと筆者も記憶していたが、何せ突然に変更した予定なのでリサーチ不足は否めなかった。実際に乗船できる戸沢藩船番所は右手に見えたのだが先導が通過してしまい、筆者も乗船場はドライブインからとのイメージしかなかったのでようやくお目当てのドライブインに到着するも現在は営業していないため酒田寄りにもう少し先まで進んだが、最上川が川下りをする渓谷から河川敷の平野部分に出てしまったので方向が逆であることに気が付いて戻ることになった。

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結局随分手前にあった戸沢藩船番所まで戻り、係の人の説明を聞いていると昔と比べるとかなり高額になっていた。以前は¥1,500.-前後ではなかっただろうか。またコースも乗船場に舟が戻ってくるのではなく、下流の下船場から乗船場までは路線バスで戻ってくるしかないらしい。恐らく路線バス会社が運営に深く携わっているのではないかと邪推してしまうのは筆者だけであろうか?

ここでは皆で検討した結果、次の目的地で昼食にすることを決めていたのでそこまでの距離を考えると、ここでの時間と費用から判断してパスすることになった。何とお粗末なことである。初めて最上川の舟下りを楽しみにしていた吉野氏と藤井氏には申し訳ない気持ちで一杯になった。いずれにしてもリサーチ不足によるコースロスが惜しまれるが、今さら後悔してもしょうがないので気を取り直して山形方面に向かうことにした。

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国道13号線のバイパスである尾花沢新庄道路で快調に尾花沢まで抜けて途中の道の駅”尾花沢“に立ち寄ることにした。ここでは山形の名物漬物である”ぺそら漬け“または商品によっては”ぺちょら漬け“とも表記してあった。どちらでも良いみたいであるが、筆者には”ぺそら“の方が馴染み深い。なすときゅうりのぺそら漬けを別々の2種類購入し、後日自宅で頂いてみたが、鷹の爪が効いていてピリ辛だけれど山形の漬物といった感じでお土産には間違いのない物の一つであり、筆者好みの味でとても美味しかった。

ここを出る前にどうしても食べたくなったずんだ餡と小豆餡の串団子を吉野氏と一種類ずつシェアして食べてから再び出発した。未だ小雨が降ったり止んだりの中なので雨具は装着したまま走行することにした。国道13号線を東根、天童と南下するうち途中でナビに惑わされた西村氏が迷走を開始したが、ナビはどうしても高速道路を利用するよう誘導している様なのは追従していてすぐに分かった。やがて山形市内に入る頃は晴天になり、今回のツーリングで一番の夏らしい暑さを感じることができた。

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山形市街に入ってようやくお目当ての冷やしラーメンのお店に到着するもお昼の時間帯も終わろうかというのに想像以上の行列であった。またあまりにも立地が市街地の真ん中にあるので5台分のバイクを駐車するスペースも確保できないため、周辺を捜して走り回るも見当たらず、行列に並んでまで固執するのは時間的にも後が詰まってしまうので諦めて、国道13号線を上山方面に向けて途中の広い郊外店を探すことにした。ほとんどの計画が頓挫してしまうのは我ツーリングクラブ(YEC)らしいところである。

何店舗か途中のラーメン店をやり過ごして国道13号線に合流すると左側にドライブインらしき施設が見えたので立ち寄ることにした。そこは山形県観光物産会館という施設で広い駐車場が完備されていたので休憩場所としても最適であった。

飛び込みで入ったのでここで冷やしラーメンを食べられるかは半信半疑であったが、こうなると何でも良くなっていた。広い店内では山形名物の土産物や果物が品数豊富に並んでおり、ほとんどが試食できるので試食するだけでも十分空腹は満たされそうであった。 ここでは今晩飲むためのお酒を購入した。同じ敷地内に黄色い建物の“ラーメンゆうじ”があり、やはりこの時期なので有りました冷やしラーメン。早速基本的な醤油ラーメンをオーダーした。その際にここは店主いわく地元のガイドブックに載っている有名なラーメン屋だと言うので少し期待をしていたが、食べてみると単純に冷たいラー、メンスープに氷を入れた状態なので最初のうちは良いが、徐々に氷が解け出してきて味が薄まってしまうため、最後の方はかなり味が変わってくる。一気に食べるものなのであろうか、夏の山形名物ということで興味深く楽しみにしていたが、食べ慣れないせいか筆者はやはり夏でもラーメンは熱い方が好きかもしれない。

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ここから先は米沢の先にある小野川温泉まで一気に進むことにした。赤湯温泉からは南陽高畠ICから米沢北ICまで一部開通している東北中央自動車道を利用すると米沢市街を避けて国道121号線方面への近道であった。国道121号線が鬼面川(おものがわ)と並行し道に入ると小野川温泉街になった。本日宿泊する寿宝園(じゅほうえん)は温泉街から鬼面川を渡った高台にあり、温泉街を見下ろす場所にある。17時頃に宿に到着するとここの若旦那も屋根付きのガレージに駐車させてくれたので夜間の雨にも安心だ。

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吉野氏と西村氏は早速温泉街まで下りて散策に出かけたが、筆者は元来それが苦手というより好きではない。一度宿に入ってしまうと出たいとは思わない性分なので早速居残り組は温泉に向かった。開放的な露天風呂はこの季節はどうしても天敵の虻との戦いになる。 ここでも散々な攻撃に耐え兼ねて一同は早々と退散して内湯に向かった。

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小野川温泉の由来は1,200年前の小野小町が京都より旅立って、途中で病に倒れた際にこの地の温泉につかり病を癒して絶世の麗人に生まれ変わったとの伝説から美人の湯とも称されるようになったそうである。

泉質は含硫黄-ナトリウム-カルシウム-塩化物泉でPH値は7.0の中性で高温と低温の二本の源泉があり、15軒の温泉宿と2軒の共同浴場すべてが源泉かけ流しというのは全国でここだけだそうだ。筆者のようなひねくれ者はどうも眉唾もののような気がして俄かに信じ難いが、温泉は素晴らしく優しい湯であった。

ここはまた別名ほたるの里として西吾妻山から流れ出た鬼面川の清らかな流れ沿いにヘイケホタル、ゲンジホタル、ヒメホタルが生息しており、毎年6月中旬から7月下旬にかけてはほたるまつりが開催されているらしく、それを見に来る宿泊客も多いらしい。筆者らの訪れたお盆の頃では時すでに遅しといった感じで残念だったが、丁度宿から見下ろす場所で盆踊りが行われており、夕食時はかなり賑やかな音が聞こえてきて楽しそうだった。

夕食はやはりここでは米沢牛のステーキをメインとした地元野菜と豆腐を使った料理が品数豊富に出されてお腹一杯に十分満足できた。以前TV番組でも取り上げられていた有名な温泉熱を利用した栽培されている豆もやしを食べたかったのだが、どうも旬は冬場で12月から3月の限定だったようだ。夕食後は満腹感と少量のお酒の勢いで今夜も早々に就寝することができた。

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走行距離 217KM

8月16日 (晴れのち雨)

今朝も早朝に朝風呂を楽しんだ後に朝食、お会計と済ませて9時前に宿を出発することにした。宿を出て間もなくの分岐で仙台に帰る西村氏と別れ、我々は国道121号線に向かった。喜多方方面に向かう町の端にある道の駅“田沢なごみの里”に立ち寄り米沢らしいお土産を購入した。国道121号線も久々に走ったが随分整備されて立派なトンネルもできた。

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あっという間に福島県に入り、喜多方市内に入った。本来は米沢市内で上杉神社や廟所などを観光して時間をずらせれば昼食は喜多方ラーメンでも良かったが、本日の午後の関東の予報が怪しいので先を急いだ結果、朝食から2時間程度しか経過しておらず、残念ながらここもスルーしてしまった。

このまま会津若松市内に入り、ようやく10時頃になり小腹が減ったので我がクラブでは毎度お馴染みのお秀茶屋に立ち寄り、メンバー皆で田楽各種を味わい筆者は故郷の味に触れた後、何も観光しないまま帰るのは寂しいので藤井氏はまだ行ったことのないという白虎隊が悲運の自刃をして果てたことで有名な観光地である飯盛山を案内することにした。手前のGSで給油し、無料の駐車場があることを聞き出したのでそちらに向かい安心して駐車することができた。飯盛山では入場そのものは無料なのだが、メンバー中では若手の藤井氏と吉野氏は階段を登って行ったが筆者と春日氏は有料のエスカレーターを利用して少しは地元にお金を落とすことにした。(ただの負け惜しみであるが)それでも悲しいかな彼らの歩いて登っていく方が着くのは早かった。

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久々に飯盛山から会津市内を展望した。以前ははっきりと見えていた鶴ヶ城(若松城)の天守閣も今は立ち並ぶ建物や城内の樹木でようやく見える程度になってしまった。いつ来ても生まれ故郷に帰省するのは心が洗われるようで日常の慢心さを諌められ、ご先祖様からもっと頑張れと励まされリフレッシュした気分になる。 飯盛山を後にしてこれから先は帰路になるが、会津からは毎度のコースで東山温泉から背炙山(せあぶりやま)を越えて湊地区に抜けのだが、山頂を越えた辺りには風力発電の風車が幾つか立ち並んでいた。以前ここを利用した2年前にはなかったので驚いた。

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湊地区から国道294号線に出てここからは白川中央スマートICまではいつもの田園風景とそば畑を見ながら田舎道を走行して約一時間で東北道に合流した。以前よりは信号機が増えたが、それでも会津若松市内から白河までの約60KMの距離の間に全部で10箇所程度ではないか?それだけでも一般道を走行する価値があり、交通量が少なく人も居ないので事故が起きないエリアなのであろう。

東北道では近年お盆でも分散化が進んできたことと枝分かれのルートが増えてきたためか、よほどの事故がなければ渋滞もなくスムーズになってきた。途中の那須高原SAでは那須豚メンチカツを食べて活力を得て次の上河内SAで給油をしようとして休憩をした際に二輪置場が空いていたので日陰に駐車できたと安心してしまったのか、スタンドが完全に出きっていない状態で降車しようとして左側によろけてしまい、庇用の支柱に左のバックミラーから倒してしまった。幸いカウルには支柱の塗料が付着しただけで後にコンパウンドで落とすことはできたが、バックミラーをカウルの内側から支えているアルミ製のステーに亀裂が入ってしまい、バックミラーがぐらつくようになってしまった。暑さのせいでぼ~としてしまったつけは高くついた。

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何とか最終日は好天に恵まれたまま、最後は羽生PAで休憩して流れ解散になった。筆者は例によって岩槻ICから一般道で草加のバイクガレージに愛車を収めてから17時頃に自宅に帰宅した。

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走行距離 321KM

後記

筆者は16歳で自動二輪の免許を取得して以来38年間途切れることなく単車に乗り続けて毎年数回のツーリングに行っているが、毎年のように行っている東北地方にも未だに行ったことのない温泉や地域がある。生涯をかけて制覇したいと思ってはいるが、恐らく行けずに終わってしまう場所が多いと思う。自分が何歳まで単車に乗っていられるかは健康状態次第であろうが、あくまで温泉行にはツーリングでと拘りたい。理想と言うか目標は自分の父親と同じ74歳まで現役でいられることであるが、筆者も気が付けばそこまではあと20年足らずになってしまった。

昨今の自動車業界では自動運転や自動ブレーキなる得体の知れないものが出回ってきているが筆者はそれに頼るようになるのであれば、甘んじて免許を返上しようと思う。 少なくとも二輪業界ではそれはあり得ることと思うが、十年後の未来はどうなるのか筆者には想像できないし、またどんな時代が到来するのか生きて見届けたいと思う。

以上

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